ヨーロッパのツーリングカーレース参戦を目指す Racing Driver 中上牧人のブログ
ヨーロッパのツーリングカーレースへの参戦を目指す レーシングドライバー 中上牧人のブログです。日本人初のヨーロッパツーリングカーチャンピオンを目指しています。
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F1(喜)
昨日は、F1が嫌い…という話をしましたが、今日は俺が好きだったF1を紹介しようと思います
ただ、例に漏れず、好きなことを書き始めるとどうにも止まらなくなるのが俺の悪いクセなので、2部に分けて、今日と明日で書いていきます

純日本勢のF1マシンの先駆けと言えば、当然ホンダですよね?1964年から1968年までの4年間F1に参戦し、優勝2回、年間コンストラクター部門第4位にもなりました

これ以降、マシンを自力で開発しF1に参戦を試みた純日本チーム(既存のチームを購入して…と言うのは除き)は現在のトヨタ・ホンダ・スーパーアグリまでないと大概の人々には思われています

しかし実際は、ホンダが第1期F1活動を終了した8年後の1976年に、コジマ・エンジニアリングがFujiで行なわれたF1グランプリに参戦すべくKE007(エンジンはフォード)を製作、参戦に漕ぎ着けます。
kozima1.jpg

ドライバーは、長谷見昌弘を起用し、予選1回目、4位のポジションに入り一躍脚光を浴びます。しかし、ポールを狙った予選2回目で、トラブルから最終コーナーで大クラッシュ。モノコックにまで及ぶ大きなダメージを、fuji周辺のガレージ総出で翌日までに修理し、奇跡の決勝スタートを迎えます。
しかし、突貫工事で修復したマシンはアライメントさえもめちゃくちゃで、ストレートを真っ直ぐ走れないような状況。結局、予選10位から決勝11位で完走するに留まりました。
kozima2.jpg

翌年のfuji日本GPにもコジマはKE009を持ち込みます。ドライバーは星野一義と高原敬武。しかし、この年もマシンの熟成不足から目立った成績は出せず、星野一義の11位が最上位となりました。
kozima3.jpg

結局、コジマ・エンジニアリングのF1計画はここで終焉を向かえ、純日本チームによるF1優勝と言う目標は、一昨年のハンガリーGPのホンダの優勝まで待たなくてはいけませんでした。

と…

ここまではよく知れた話です初めての日本でのF1とコジマの活躍は伝説的でしたから、業界的にも有名なお話となっています

しかし実は、このコジマがF1に参戦した1976年のほんの少し前、1974年から1975年にかけて純日本製マシンを使ってF1に挑戦した、全く無名の、謎のチームがあったのです。一度も予選を通過することなく撤退してしまうのですが、まさに彗星の如く現れ消えていったそのチームの名前は…マキ・エンジニアリング・チームと言うものでした…

後半へ続く・・・

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テーマ:モータースポーツ - ジャンル:車・バイク

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